いけない妄想、膨らますだけ無駄なのに。。。

cycle今日、自転車に乗った時のこと。
ペタルをこぎ出すと、前輪の方から、シャッ、シャッと定期的にノイズが鳴りはじめました。
何かがひっかかっている様子…。その音が発せられるたびに、カラダにもその振動が
伝わってくるようでもあり。

「何だろう?」
そう問いかけると、脳は次々とあれこれ考え始め。。。しかも勝手に。

「どこかにオイルを差した方がいいのかしら?でも一体どこに?」
「買ってまだ二年だけど、もうガタがきはじめちゃったのかしら?」
「何かが劣化しているのかしら?」
「部品を交換しなくちゃいけないのかしら?」

で、ふと、
「専門家でもない私が原因について考えたところで、膨らますだけ無駄か」
と、その足で自転車屋さんに行きました。

すると、何のことはない、
音の原因は、前輪のタイヤが泥はねカバーに一部分接触していただけのこと。
スタッフの方が手でカバーを持ち上げて調整してもとどおり。
修理時間ほんの3秒。
原因は単純で、小さなことでした。

いつもと違うこと、とくに不具合に出くわすと、
いけない妄想をふくらませてしまうものだな、とつくづく。

これ、例えば、その日に自転車屋さんに行かなければ、
自転車に乗らない時間が妄想を育て、
「私の自転車ヘンな音がするの」
「壊れているの」
「修理しないと乗れない」
とか、大げさになっていくのだえろうなぁ、と。


あれ?と思ったら、ちゃっちゃと動いて、スグ確認。
これが精神的に健康を保つ術。

あれ?というちょっとした疑問を放っておくと、いらぬ想像をふくらませて問題に発展しがち。問題には、ものすごく時間とエネルギーを奪われてしまいますから要注意です。病気だったら尚更のことですね。